LINEで送る
[`evernote` not found]

こんばんは。

ドン・キホーテのあずきバーが止まりません。。。
だれか止めてください。義田です。

菊地容疑者がついに?やっと?逮捕されましたね。
しかし、本人の様相は様変わりしていて、
麻原彰晃(松本智津夫)に対しては既に帰依していない発言。
そして、捕まってほっとしているとの発言も。

菊地容疑者の年齢は40歳。僕も今年40歳(自覚はないですが(^_^;))
つまり、事件時、お互い、22歳頃。一番エネルギッシュ、そして
一番、”自分は何者なのか?”と悩んでた時期ではなかったのかなと思う。
団塊の世代(でしたっけ?)なら、全共闘を代表するいわゆる学生運動?
連合赤軍的な時期。
発達心理学的?な言い方で言えば、
(と言っても、僕自身はちゃんと学んでないですが)
自分は特別な存在(それこそ、歴史に残るような)
と思いつつ、社会に飲み込まれていく時期だと思います。
その中でもがいている人間(つまりは自分の存在にレゾンデートル
感じられなければ自分の存在に耐えられない人間)が
たまたま、オウムという、自分を受け入れてくれる(気にさせてくれる)
容器に出会ってしまったために、その狂気に
染まってしまったのだと思います。

しかし、時間とともに、
ほとんどの人間は、それらの情熱?狂気?は一過性であり、
社会に適合していく。
今時、マルクス主義を訴える人間はほとんどいないだろうし
(そこら辺では、共産党の方に機会があればお話聞きたいですね)
オウムで、逃亡してる人間たちは
結局、逃避行の末、自分の伴侶を見つけ、
オウムという、夢ではなく、
自分を愛してくれる人、
愛してくれる人と一緒にいる。
という現実に安らぎを感じていったのだと思います。

そこで、オウムという悪夢が自分を縛り付けていることから
解放されることを、自分ではできないが(それは今の安らぎをも破壊するから)
望んでいたのだと思います。

夢から覚めずに夢のなかを走り続ける。
それは非常に難しいと思います。
アスリートは短期的な結果を出していかなければそれは絶たれるし
オウム的な人間でそれらを比較的長期に行なっていたのは、
重信房子ぐらいではないかなと思います。
あ、あと、よど号で北朝鮮行った連中ですか。。。

夢のない人間は寂しいと思います。
でも、夢を見るだけの人間も寂しいとも思います。
(それは単なる現実逃避だと思うので。特に、架空のキャラに恋する的人たち)
夢を観て、それに何ができるのか?どんな携わり方ができるのか?
そんなことをふと思いました。

そして、
ベタですが、虎舞竜のロードのサビ、
”なんでもないようなことが幸せだったと思う”
ここに至ることがとても大事な気がします。

いくつかのエキサイティングな非日常。
でもそれらは、多くの日常の中で成り立っていると思います。

僕自身、日常の平穏に幸せを感じつつ、
まだそれに染まることを拒絶したことがありました。
でも、やはり日常があっての人生です。

そんな、日常の中に当院を使っていただければ幸いです。