こんにちは。続けてブログです。

寝不足で僕に神が降りてきています(大嘘)。義田です。

先日某SNSに書いた話です。

書き終われば少し寝ます。ああ、太陽が眩しい。。。がくっ。

某SNSで柔道の事を観ていたら、やっぱり、

柔道とJUDOの違いのことを書いてる人がいた。

僕自身は、柔道がJUDOになってもいいんじゃないかなぁと思う

元々嘉納先生も2つの柔術をあわせて柔道を作ったわけだし、

武道と言いつつも、危険な当身や膝関節はなくしたわけだし。

これは紛れもなく、スポーツとしての発展性を狙ったということ。


それが海外に広まって、ある程度の独自性をもって発展するのは当
然だと思うし


それを認めなかったら、そもそも柔道は生まれなかったと思う。


なにげに、日本にウェイトトレーニングを初めて導入したのも嘉納
先生。


そういう、ハイブリッド精神というか、先見の明を


持たれていた嘉納先生が存命なら、きっと今の柔道にはこだわらずに、

もっと日本の柔道もJUDO的になっていたかも知れないし

もしくは、もっと凄い?柔道になってたかもしれないですね。

しかし、、、競技が競技でたりえる部分、
それは公正なルール。
そしてそれを裁くのが審判だと思ってたのですが。。。
審判ではないが審判よりもえらい審判。。。
そんなジュリーの存在が今朝のテレビで大きく報道されていますね。。。

これ、、、審判いらなくね?と言いたくなっちゃいますね。。。

ある意味、フェンシングの審判なんかメチャクチャスマートですよね。
電極つけるわけだから、、、

誤審自体は角度や流れ等で、起こりうるとは思う。
そのための副審でしょ。
それをさらにジュリーつけてしかもそっちが裁定重いって。。。

まさに勝手にしやがれ状態。。。

(スイマセン、ネタのために入れちゃいました。。。
不謹慎です。。。反省です。もうしませんm(__)m)

ふと、相撲の行事を思い出しました。
立行司(木村庄之助と式守伊之助)は誤審すれば
切腹するという覚悟の意味で懐に短刀を入れています。
まぁ実際には切腹はしませんでしょうが。
一つの試合の勝敗で人生が変わることはあります。
あの時ああすれば・・・と相当時間引きずることもあるでしょう。

でもそれは勝負の世界。そういう物です。
しかし、それが、決心もなく覚悟もない(最悪、悪意や別の意図のある)
審判によって決められてしまうのは
あまりにも酷い話です。。。

柔道だけではなくいろいろな競技がいろいろな理由で
ルール変更されていくでしょう。
せめて、選手のためのルールになって欲しいと思います。
(それは実際には限りなく無いでしょうが・・・)

では。。。。