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こんにちは。
今週は完全にトレーニングオフです。義田です。
トレも大事だけど、勉強も大事。でも睡眠が一番大事だと思う今日この頃です。

今日のブログは以前にほぼ同じ内容を書いたことがあると思います。
&グロ話です。ご注意ください。

さて、一昨日ほどの出来事です。
朝、バイクで通勤していると、、、

猫がたぶん車にひかれて死んでいました。。。

そして、、、、カラスがそれをついばんでました。。。

すいません。いきなりグロ話で。m(_ _)m

ただ、これってインドとかなら結構普通な話かと。

なんせ、ガンジス川で洗濯物してるところを遺体が流れてるって所ですから。

日本はいろんな意味で、死という事象(出来事?現象?状態?)が隠されていると思います。

生を受けた物は、例外なく死を迎える。

その数はどれだけ膨大な数でも同じ数。

なのに、日本では、生命はあっても、死は直視することはほとんど無い。

動物性の食物もすでに、生を想像しない、無機物の様な物体としてスーパーで
パックにされて売っている。

動物の死体は保健所?が処理して、その日の午後にはきっと無くなってるでしょう。

死はとてもネガティブな出来事の象徴として
目隠しされる。
最近、フェイスブックでよくシェアされている、
保健所の殺処分の記事、これもシェアされなければほとんどの人が
実態をしることは無いでしょう。
(注 殺処分自体は、たぶん、狂犬病対策として必要不可欠なのかなとは思います。
問題は、”無責任な飼い主”だと思います。結局は犬たちが被害者なのですが。。。)

でも、

死を見つめなければ、生を想うことはないと思います。

乙女座で乙女チックな僕は昔、タロットカードも持ってたりしたのですが(笑)

大アルカナ(いわゆる一般的なタロットです。対する小アルカナという、
トランプの原型になった種類のカードがあります。)
のカードでも死神のカードは正位置では死や終末を意味しますが
逆位置では、生、蘇り、復活を意味します
(タロットはカードの位置で、対する二つの意味を暗示します)

今の世の中、死を想う事が少なくなる故に生に対する素晴らしさが
鈍化しているのでは無いかなぁと、
猫の死を、それをついばんでいるカラス
(つまりカラスは猫の死によって、生を得ている。これは日本人の
”いただきます”の精神ですよね)
を見ておもいました。

健康も全く同じ。不健康になってからこそ、
健康のありがたさに気付く。

死は取り戻せないけど、健康はある程度までなら取り戻せる、
取り戻せないとしても、気付けばそこから、はつらつと生きている方は
たくさんおられます。

そう言う意識を早い段階で伝えられたら良いですね。
(ちょっと無理矢理感有りますが。。。)

そういえば、最近バタバタして、墓参りしてないなぁ。

では~