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FCとAC

こんにちは。
悲しくも柔道が早々に敗退して
寝るのが早くなってます。義田です。
去年の世界選手権は奈良から通っていたので、フラフラだったのですが。。。

某SNSにも書かせていただいたのですが、、、、

穴井選手が負けてのインタビューの第一声が”すいません”
これが本人の気持ち何でしょうね。。。
”悔しい”ヂャなく”スイマセン”
”勝ちたい”ではなく、”勝たねば”の裏返しに聞こえます。
この感覚は、何となく、”円谷幸吉”選手の事を思い出してしまいます。
(もちろん、リアルタイムでは知りませんが・・・・)


たとえば、同じく、本命視されて敗北した
他国の選手、他競技の選手たちはどういうコメントを
残しているのだろう?
アイムソーリーでしょうか?

残念の意味ではあっても、申し訳ありませんの意味ではないような気がします
もしそうならば、
そこがきっと、日本と海外勢の違いではないでしょうか?

穴井選手のコメントは自己を考えずに他者に対しての
感性で発しています。
これは何となく、交流分析のAC(アダプテッドチャイルド)の要素かなと
思ってしまいました。

これまたSNSで書いたのですが、

これは、監督&コーチ陣の追い込み方にも原因があるかもしれませんね。
選手を肉体的に追い込むのはそれが仕事だ
から仕方ないけど、
精神を鍛えるのと、精神的に追い詰めるのは別
の意味な気がしますね。。。 


これにたいして、知人が、
映画の「Le grand Blue」にその辺がよく出てる場面があると教えてくれました。

潜水の世界選手権でコーチが「頑張れ!日本のためだぞ」
本番直前までプレッシャーをかけまくり選手は失神
 

海外でも日本てそうイメージなんでしょうか・・・

篠原監督のコメントは、実際にはどうかわかりませんが
かなり厳しいイメージがあります。
天理&兵庫関係の方はご存知なんでしょうが。。。 

これまた交流分析で言うと、CP(クリティカルペアレンツ)の高い
イメージに思えます。。。
(あくまでイメージです)

CP高の指導者とAC高の選手。
そして、メディアの圧力。
これでは本来のパフォーマンスが出るわけがないと思う。

後出しのコメントですが、
出場した選手でノビノビとプレイできてる人は
かなり少ないような気がします。
松本選手はそういう意味では自分自身を締め付けてしまう
考えではない人だったのではないかなと思います。

今回の柔道競技、
明らかに勝てるだけのパフォーマンスを持ってる人間が勝てなかった。
それは、選手より、むしろ、コーチ陣や連盟、メディアの方に理由があるような気もします。

JUDOではなく、
柔道にこだわり、
勝ちにこだわり、
一本にこだわり、
メダルにこだわり、
そして、敗北直後のコメントまで求める。

確かにそれだけのサポートを受けてる以上、
ある程度の義務はあると思いますが、

あまりにも選手には制約が多いような気がします。

柔道のための柔道でも
連盟のための柔道でも
メディアのための柔道でも
スポンサーのための柔道でも
本来はないと思います。

選手のための柔道。
そういう環境を求めるのは欲張りでしょうか。。。

これまた交流分析で言うところのFC(フリーチャイルド)が高い状態で
試合に望める方が良いパフォーマンスが発揮できると思うのですが。

僕の知人が、試合前に楽屋で、大御所の先生に、
せっかくの舞台やのにそんな顔してたらもったいないで!
等の言葉をいただいたそうです。

なるほど。

せっかくのオリンピックの舞台、ワクワクしないのは
もったいないでしょうね。
多分、試合前に笑っていたりすると日本では批判されるでしょうが、、、
でも、アップセットしないためには笑うぐらいの余裕が程良いと思うのですが。。。

日本の柔道選手が笑いながら
もしくは談笑できるぐらいのテンションで、
オリンピックの舞台を”味わえる”ようになったら、
また、メダルラッシュが戻ってくるのではないでしょうか・・・
それって柔道の精神に反してます???

ちょとまとまり悪いブログでスイマセン。。。
あれ?これもAC???

では~。


3 thoughts on “FCとAC

  1. SECRET: 0
    PASS:
    私が、大手のオーディションにのぞむにあたり、友人に言われた言葉。
    ガチガチやと動かれへんし、寝ぼけてても動けまへんやろ?
    そして。
    勝者にしか、勝った時の感動は分からんやろし、
    敗者にしか、負けた時の気持ちは分からんやろし。
    欲張りな私としては、両方欲しい。
    勝っておごるかもしれへんし、
    負けて勝つ為の対策をたてようとするかもしれへんし。
    その逆かも知れへんし。
    結局は、自分で経験してみな、どない転ぶか分からんのやけど。
    転んでも立ち上がれる期間は短い。
    ピークはさらに短い。
    ましてや、オリンピックなんか、めちゃ短すぎ。
    重要なんやろやけど、人生で占めるのはたかだか数%の日々。
    とりあえず。
    プレッシャー感じてる選手に捧ぐ。
    「スッポンポンでやる時代じゃなくてヨカッタやん♪」
    個人的にはスッポンポンでもかまへんねんけど。(///∇//)~♪
    柔道は、ちょい、困るなぁ~。。。。w

  2. SECRET: 0
    PASS:
    よくわからんコメントありがとう(苦笑)。
    だって、オチがスッポンポンて・・・
    パンクラチオンのことやろか?
    コーチ陣はみなすごい経歴の持ち主たち。
    金の味を知ってる人もいるし、
    銀の悔しさ(それも間違いなく栄光のはずなのに)
    を味わっている人もいる。
    次の人間にも味わってほしいことも
    味わせたくないことも知ってるからこそ、
    コーチも必死だとはおもうんですけどね。
    選手とコーチ、
    これを親子関係で例えるのは
    あまり良くないのかな?

  3. SECRET: 0
    PASS:
    古代オリンピックは、女人禁制、裸体で行う
    。。。。という説があるのダよ。
    もし、その時代のルールだと、
    現代では、女性蔑視や、放送コードやら。。。。ねぇ?w
    そして「商業的要素」が強い、という事実。
    景気が良くなるのは結構。
    でも、誰かさんが儲かる為の¥や、
    プレッシャーに踊らされてたら、
    せっかくの人生、損ちゃう?
    蝉の成虫のように、一週間しかチャンスが無いととらえるか?
    幼虫の頃も入れると、結構、長生き~ととらえるか?
    ぶっちゃけ。
    「金メダル」獲ったからって、日本では報奨金とかたいした事ないしなー。。。。
    TVの無い私は、開会式のあとに、ロンドンでやってると知った。(笑)
    (しかも教えてもらってやっと知った。www)
    「日本のため」
    日本人全員が、オリンピックさまさまじゃ無いと思うんだよなぁ~。
    じゃ、何のためにオリンピックを?
    生きる意味を問うのに、似てる。
    けど、生死に関わる問題じゃないのなら。
    (生死に関わる国もあるかもだが・・・。)
    選手だけじゃなく、見られる側も見る側も、
    ちょっと考えてみよう!
    。。。。とご提案デスよ。
    踊る阿呆に、見る阿呆、
    踊らされる阿呆に、見させられている阿呆
    阿呆のフリしてる阿呆に、カヤの外にいる阿呆。
    自分はどんな阿呆なんかくらいは、選びたいなぁ~。。。。と。
    どーせ、神様は、天から阿呆見て笑ってるだけで、手は貸さないしなー。
    (オリンピックは元々、神に捧げるものだったらしい。)

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